2021年 3月 の投稿一覧

ヒーローは必ず帰還する

文章を書いていて、
締め方、終わり方が分からなくて
困った経験ありませんか?

中盤勢いよく展開できたけれど、
さて、どう文章を終わろうか、
と迷って結局気持ち悪い終わり方になるあれです。

今回は、どうやったら文章を気持ちよく締められる
かを分析してみたいと思います。

まず、よく言われるのは、
はじめに言いたかったことを
もう一度それまでの内容を踏まえて書くことです。

はじめに言いたかったことに戻りつつも、
そのままではなくて、今までの展開をふまえて
はじめに戻るということです。

ちょうど物語に出てくるヒーローは
必ず故郷に帰るか、原点に立ち戻るか、
しているように、文章も「帰還」が必要です。

なので中盤が中身のない内容でしたら、
終わり方も結局ははじめに言ってたことの
繰り返しで、単なる反復運動になります。

ある意味、文章の真ん中は、
文章のはじめに書いていた内容を
いかに凌駕するか。

それによって終わり方が
凄いかどうかが決まるのかもしれません。

終わりをどこに設定するのかに
よりますが、それまでの理論をとにかく
破壊してその上で一段「上がっている」

そんな終わり方が立派な終わりですね。

仕事における秘密について

会社には企業秘密があります。

今私が勤務している会社でしたら、
お金が絡む部分の他に、

設計技術も
機密性が問われます。

秘密をつくっていったい何をしているのか
考えてみます。

例えば会社のホームページに、
製品リリース情報を載せることが
あるかと思いますが、

ここで製品の細かい誕生のエピソード
だとか、ち密な設計をしたとか、
そういった「過程」の部分はネットで紹介されません。

主な理由はパクられたら困るから、
無駄な情報だから、
求められていないと思うから、

といった理由です。

正直全部公開せずとも、
細かい設計のアイデアとかは
逆に一部だけでも表に出したらいい気がしますが。

で、そこから、
「全部知りたい人はこちらへ~」の文言で
高単価の情報商材を「設計」というテーマで売るのが無難かと。

とにかく、

秘密というのは古今東西
様々なところで発生してきます。

以上を踏まえて秘密とは何か考えると、

渇望されうる情報こそが秘密でありながらも
その限定的な性格がからむと考えられます。

秘密を共有された側
からすれば大きな学びになるかもしれません。


仕事と身体感覚

今日、仕事でやりがい感じたことって何?

と聞かれて、現場作業で製品を完成させたとき
と応えていた自分にびっくりしました。

やっぱりやりがいとか達成感とかって
身体感覚と密接に繋がってるんだなあ
と思いました。

でも、なかなか身体感覚に気を配れない
というのが正直なところで、

仕事がだるいとか、
やる意味がわからないとか、
労働はもう嫌だーとか思うことって

身体感覚的に満足すること
やってあげると何とかなるんじゃないかという
推測です。

じゃあ、さっそく日頃使っている言葉に
潜む身体について、

忙しくなったりすると必ず心の中で叫ぶ
あのセリフ、

「手におえないよ~」

について考えてみたいと思います。

そもそも、仕事ってまずは「手」なんだな
と思いますよね。

仕事って「手」でやるものだから、

「手」を超えるものはもうキャパオーバーで
やりたくない。

だから、ここで「手」のみならず「全身」でも
「足」でも使えば楽になるかもしれません。

その「手」におえない案件を
「足蹴」にしてみるとか…

もちろん「足蹴」にすることが
できないので、苦しんでいるわけですが、

そういった身体性とともに
仕事をして日々生活する感覚を
実感してみると

自分がその仕事に対して
どのような態度で挑んでいるか
分かりやすくなるかと思います。

それにしても、
仕事が「手」で行われる理由ってやっぱり
「丁寧さ」の占めるウエイトが大きいからでしょうか、

商品について今一度

だいたい商品というと
お金が発生します。

ではどんな仕方でお金は発生する
のかというと、
欲しいものと交換したいときに発生します。

「交換」ということで言えば、
お金が発生しない例もありますが、

これは家族や知人、友人あるいは信頼できる人の間で
「交換」が成立する場合です。

お金が発生するときは
なんの付き合いもない赤の他人が
自分の好きなもの、欲しいものをもっていて

それを交換したいとき、
あとは物々交換することを考えると
相手との距離が遠く、今ずぐに取引できないとき

いずれも、あるていど「距離」が
発生する交換の場合にお金は有効です。

そうであれば、
商品取引にはあるていど
「距離」が意識されているということになります。

商品にはほとんどいつも
お金が発生するとすれば、

商品はその距離を縮める役割
を持っているのではないでしょうか。

現に極端な例でしたら、
有名なインフルエンサーの行っているセミナーや

講演会などがあれば、
普通はそんな人と交われなかったのに、
お金で席を購入して

そのインフルエンサーと関わることができたり、
とにかく距離を縮めてくれるのが

商品でありお金だなと思いました。

なので、どんな商品売ろうかな?

とか考えるのは思っている以上に
色々考えることがあるって話でした。

大学で何を学ぶか決まってないあなたへ

情報発信ビジネスにおいては、
感情的価値と機能的価値の両方をまぜて発信する
必要があります。

その機能的価値をつくる中で、
やらなきゃならないのは、
専門の知識を学んで、

それを「視点」にして感情的価値とまぜることです。

でも、何か学問を学ぶことは必須として、
細かい専門知識をガッツリ引っ張って自分の文章におろすのってなんだか
他人の下着を自分の下着と重ねる感じがして

なんだか気持ち悪い…

そもそも書いていてスムーズさが乏しくなりますよね。

もしまだ掛け合わせる学問が決まっていないのであれば
哲学をおすすめします。

哲学は学問領域として成立していて、
まとまった体系としての側面もある反面、

「哲学する」という、思考の営みとしての側面もあります。

なので、

ぶっちゃけ紙とペン一本で自分の体系を
作ることができるというお手軽さがあります。

でも自分の体系なんてそもそも機能的価値として、
根拠として成り立つのか、という疑問が聞こえてきそうですが、

やってみればわかりますが、
確かに「根拠」として
成り立っているのが分かります。

日頃気付きにくいことに気付くだけと言えばそれだけなので。

ただ、こう言った道具的な扱い安さがある反面、
哲学的な思考法はある程度慣れていないと難しいので、

色々と哲学的な議論や、
語りをインプットして自分の思考法として
身につけてしまう必要があります。

ある程度訓練する必要ありですが、

掴めると普段見ている世界が一変しますし、
どこにいてもコンテンツ生み出せるようになります。

哲学おすすめです。

教育コンテンツを売ること

「教育」にお金はなぜ発生するのでしょうか。

学校で学んだことを家庭教師
の先生に教えてもらうとか、
塾に行って学ぶとかすることもできます。

にもかかわらず学校に通って、
そのあとでお金のかかる家庭教師や
塾に、補足的に学校の勉強を学びに行ってた時期ありましたね。

ここでやはり学校の先生の専門性やら
学校の意味が問われるところです。

この点に関して私はしっかり応えることは
できませんが、考えるポイントのようなものは
挙げられると思います。

お金の発生する教育とそうでない教育
という分類で進めます。

まず、普通に通う学校というのは
ひねりも何もない何の変哲もないところです。

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「自然」について考える


昔お世話になったとある人がつぶやいた
とある言葉から、
より「自然」であることについて、考えます。

大学院時代のちょっとお世話になった
とある先生の授業で、
どういう経緯か忘れましたが、

自炊することの良さ、
みたいな話になりました。

その先生が言うには、
出来合いのものを食べるのはちょっと…
というようなことだった思うのですが、

そんな話があって、

根拠とかまったく記憶にないんですが、
なるべく自然に近い状態から
自分の手で料理することが大事だ、、、

みたいな、
家事するメリットの話になると
よく聞く話が展開されてました。

確かに、レタスや白菜やニンジンや

畑から出荷されてきたままに近い
状態で自分で作った方が

何をどう加工したかわからない
出来合いのものよりも
健康によさそうですよね。

でもそれとは別で、ここでは「自然」、とか「素」、
に近い方が「良質」という人間的な趣向が働いている
ことがうかがえます。

ですが、
究極的に「素」に近づきすぎると

じゃあ、「自分で畑で野菜つくるところから
はじめよっか!」ってなるから

これにはある程度の限度が
考慮されているなと
思いました。

実際、本人は畑に繰り出すつもり全然ないけど
「自然態」ではじめることを
強調する人はいるんじゃないかと。

だから、この程度までの「人工的な部分」
は認められるけど、ここから先は
「自然」じゃないとダメという

どこからどこがオッケーで
どこからどこか違うのか
精査してみると面白いかもしれません。

ビジネスのスタンダード

今日はビジネスのスタンダード
常識になっている行為とか
考え方そのものについて考えていきたいと思います。

ビジネスのスタンダード、
つまり皆がが常識と思っているものは
何でしょうか。


報告・連絡・相談が上手くできている人。

つまり皆が最適と思うタイミング、
仕方、内容で報告・連絡・相談ができる人かなと思います。

これをスタンダードとした場合
当然こぼれ落ちる人はいます。

何かを基準とした場合に、
かならずそれ以前にほころびは注目
されてきます。

お金と稼ぐ

昨日はお金が「動的」なもので
それ自体には価値がなく、

それを動かすことに意味があるという
ところまでいきました。

今回はどうしたら
そんな交換価値の高いものをいきなり

稼げるはずだと思う理由はなんでしょうか。

商品とかお金とか

昨日に引き続きお金について
考えていきたいと思います。

昨日、お金を儲けたいって
思うのは全然うしろめたく
思う必要ないって言いましたが、

注意しておきたいことがありまして、
当たり前なんですが、

「カネカネカネ」って
そればっかり考えてるのがいいわけではないです。

そればっかりだと、
自分のことしか考えてない人認定受けて、
信用を無くします。

この信用ということと
お金は深い関係にありそうですが、
今日は置いておいて、

「商品」とは何かについて
さわりの部分だけ考えたいと思います。

「商品」の意味についてネットで調べると
交換される品物とか
売る物とかそんなような言葉が出てきます。

お金と交換して得るもの
それが「商品」ってわけですが、

「交換」という動的な
「動き」が強調されるということが分かります。

動的なものとお金との

関連性については、
まず何と言っても
お金それ自体に

価値はないということでしょう。

ここからさらに明日以降発展させていきたいです。