贈りものと返報性と人間と

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

人は贈りものをもらったら、
もらった分だけお返ししようとします。

人間に染みついた、
「贈りものをされたらお返ししないと
なんか気持ち悪い」

というこの習性は行動心理学の領域で
よく取り上げられ、「返報性の法則」
といわれています。

この返報性の法則がはたらく
理由ってなんだろう、と考えてみたので、
今からしばしお付き合いください。

贈りもの

まず、贈りもの、ギフトとは何でしょうか。

贈ものはものでなくても
才能や機能的なものなど、
目に見えないものでもいいです。

とにかく自分が「所有」
していいものを
「他者」からもらうこと。

これが贈りものをもらう
ということです。

ここで大事なのは、
常に「他者」から受け取った
ものであるというところです。

自分のものではない
どこか異質なものを
受け取ったということになります。

完全に自分のものとは
言えないものなので人はまた
もらったものを「他者」へ返そうとします。

どこからともなく、
贈られてきて、
どこか異質なものとして捉えてしまったら、

返したくなるのは
うなずけます。


人間と返報性

で、ここで、はたと気づくのは、

そういえば私たち
人間そのものも自分で意図して
生まれてきたというより、

ふいに命が贈られてきた存在…
とも言えるんじゃないかな、と。

なぜ生きて、なぜ死ぬのか。
なぜ人間やってるのか。

圧倒的に分からないことのなかで生きているので、
自分でない「他者」
から存在することを任されている…

そんな感覚が、ふとした拍子に飛来することがあります。

人間そのものも
ギフト的な存在かもしれない
という展開になりましたが、

ここでさらに思うのは、
私たちもまた
存在を贈ってきた「他者」に対して

何かお返ししようとしているのではないか
ということです。

みんな、自分がこれからどうなりたいとか、
理想の未来とか希望する姿を、
自分がどうしたいかを軸にして思い浮かべますが、

そうじゃなくて、
存在を贈ってきた
なにか「他者」めいたものに対して

なにができるか
絶えず問われて、それに応えようとしている
んじゃないかとも思うわけです。

もっぱら、自分がどういう未来に生きて、
どういう目標を実現するか、
自分中心で未来を語りがちですが、

逆に何ができるかを
存在の側から問われているんじゃないか
とも考えれるのです。

以上、ギフトの原理をみてきましたが、
意外と人間の本質的な
ところとつながってましたね。




  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

CAPTCHA